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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1154号 判決

原告 藤原千太郎

右訴訟代理人弁護士 大里一郎

被告 永井とせ子

右訴訟代理人弁護士 植田義捷

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙目録記載の居室を明渡せ。

2  被告は原告に対し昭和四八年一二月二六日から第一項記載の居室の明渡しずみまで一ヶ月金三万六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四二年一〇月一七日、被告に対し別紙目録記載の居室(以下本件居室という)を賃貸してこれを引渡したが、その後右賃貸借契約は昭和四四年更新され、さらに昭和四六年一〇月一七日、左の契約内容で更新された。

(一) 期 間 昭和四六年一〇月一七日より昭和四八年一〇月一六日まで。

(二) 賃 料 一ヶ月金三万三、〇〇〇円(これとは別に共益費として一ヶ月金二、五〇〇円)毎月末日限り翌月分払い。

(三) 更新料 更新のさい更新料として賃料の一ヶ月分を支払う。

2(一)  右契約は昭和四八年一〇月一六日期間が満了するので、原告は同年九月中旬ころ、被告に対し、更新料金三万四、〇〇〇円を支払うこと、賃料を月額金二、〇〇〇円値上げすることを申入れた。ところが間もなく、被告は原告に対し契約更新の条件として、更新料を金一万七、〇〇〇円賃料につき月額金一、五〇〇円の値上げまで認める旨の回答をしてきた。そこで、原告はそのころこれに対し更新料を金三万四、〇〇〇円、賃料につき契約期間を二年とし、そのうち当初の一〇ヶ月間の月額賃料値上額を金五〇〇円(共益費を含む月額賃料額は金三万六、〇〇〇円となる。)残余の一四ヶ月間の月額賃料値上額を金一、〇〇〇円(共益費を含む月額賃料額は金三万六、五〇〇円となる。)とする旨の条件を提示した。被告は、原告の提示した右条件に承諾しなかったが、更新後の二年の契約期間内に被告が支払うべき金員の総額については合意に達したものである。すなわち、被告の申入れた前記条件の更新料と賃料値上分合計額との総計額は契約期間を二年とした場合、金五万三、〇〇〇円(金一万七、〇〇〇円と金一、五〇〇円の二四ヶ月分との合計額)となり、原告提示の前記条件の更新料と賃料値上分合計額との総計額は、同じく金五万三、〇〇〇円(金三万四、〇〇〇円と金五〇〇円の一〇ヶ月分及び金一〇〇〇円の一四ヶ月分との合計額)であり、原被告間で、更新契約の金銭上の条件の総額につき合意に達したものである。

(二)  以上の事実によると、原被告間において少くとも昭和四八年一〇月一七日までに、前記賃貸借につき、期間を二年とし、当初の一〇ヶ月分の賃料を毎月三万三、五〇〇円(被告の値上げ容認額一、五〇〇円の範囲内である五〇〇円を従前より増額)、その後一四ヶ月分の賃料を毎月金三万四、〇〇〇円(被告の値上げ容認額一、五〇〇円の範囲内である一、〇〇〇円を従前より増額)とする更新の合意が成立したというべきである。

したがってまた被告は原告に対し前記1の(三)の約旨に基き少くとも一ヶ月の賃料額の範囲内である金三万四、〇〇〇円の更新料を支払う義務を負担するに至ったものである。

3  更新料の支払期限は更新と同時であるが、被告は昭和四八年一〇月一七日の契約更新後も更新料を支払わず、かつ、昭和四八年一一月、一二月分の前記2の(二)の合意に基づく増額賃料分を支払わない。

4  そこで原告は被告に対し、昭和四八年一二月一三日付同月一八日到達の内容証明郵便で、前記更新料金三万四、〇〇〇円及び同年一一月分一二月分の増額賃料分合計金一、〇〇〇円を右郵便到達後一週間以内に支払うよう催告するとともに、もし右期間内にその支払いのないときは前記賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示をなしたが、右期間内にこれらの履行はなく、同年一二月二五日の経過により右賃貸借契約は解除され、終了した。

5  よって、原告は、前記契約解除により賃貸借が終了したことに基づき、被告に対し本件居室の明渡しと右終了の翌日である昭和四八年一二月二六日から明渡しずみまで一ヶ月金三万六、〇〇〇円の割合による賃料及び共益費相当額の遅滞損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原被告がそれぞれ原告主張のような更新条件(もっとも原告の当初の申入れのうち、更新料については金三万五、〇〇〇円を申入れてきたものである)を申入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

そもそも原告が当初の申入をしてきたのは昭和四八年一一月二七日ごろであり、原被告間には賃料、更新料の合意はもちろん、賃貸借につき更新の合意も成立していなかったものである。そして原告は被告に対し、借家法所定の更新拒絶の通知をしなかったことはもちろん、同法所定の異議を述べることもなかったから前記賃貸借は法定更新されたというべきである。

3  同3については争う。

4  同4の事実中、原告が被告に対し原告主張のような内容証明郵便をもってその主張のような催告及び停止条件付契約解除の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

5  同5は争う。

三  抗弁

1  更新にさいし、更新料を支払うか否かは当該更新にさいし、当事者間できめるべきものであり、本件更新料約定は借家人の将来における更新にさいしての一方的に不利な約定であるから、借家法六条に反し無効である。

2  かりに原告主張のように本件賃料が増額されたものとしても、被告は原告に対し昭和四八年一一月分、一二月分の賃料のうち、従前の月額賃料である金三万三、〇〇〇円を各月支払っており、催告にかかる被告の遅滞賃料額は金一、〇〇〇円にすぎず、かかる僅かな額の遅滞を理由とする解除は、信義誠実の原則に反し、権利濫用となり、無効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項は争う。

2  抗弁2項中、各月金三万三、〇〇〇円を支払った事実は認め、その余は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。そして右事実及び弁論の全趣旨によると本件賃貸借については借家法の適用をうけるものというべきである。

二  賃料の増額について

1  請求原因2の(一)の事実のうち、原被告がそれぞれ原告主張のような更新条件を申入れたこと(ただし原告の当初の申入れのうち、更新料については除く)は当事者間に争いがない。

2(一)  ところで合意(契約)の成立には、申込と承諾が必要であり、しかも申込・承諾のそれぞれの客観的内容が主要な部分で一致することを要するところ、右1の争いのない事実及び原告の当初申入れのさいの更新料が金三万四、〇〇〇円として判断するに、原被告間で申し入れた条件につき、更新時及び更新後の契約期間中に被告の支払うべき金員の総額において、たまたま一致するとしても、双方の意思が各月の値上額、更新料の額につきそれぞれともに一致をみない以上、原告の更新条件の申入れは、被告の申込に対する承諾の拒絶と新たな申込の性格を有するものと解さざるを得ず、右のような事実関係からだけでは原告主張の賃料増額の合意成立の事実を認めることはできないし、本件にあらわれた全証拠によるも右主張事実を認め難い。

(二)  また原告は昭和四八年九月中旬ころ右賃料、更新料につき、その具体的な交渉がはじめられた旨主張するけれども右事実を認めるに足る的確な証拠はない。かえって≪証拠省略≫によると右の具体的な交渉がはじめられたのは同年一一月二七日ころであったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  更新料について

1  原告は前記賃貸借につき少くとも昭和四八年一〇月一七日までに合意のうえ更新されたと主張するけれども、これを認めるに足る的確な証拠はない。かえって≪証拠省略≫によると原告が被告に対し右賃貸借につき、借家法所定の更新拒絶の通知をしたことはなく、また同年一〇月の期間満了のさい、同法所定の異議を述べたこともなかったことが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない。)、結局右賃貸借は昭和四八年一〇月一七日をもって法定更新されたというべきである。

2(一)  原被告間で、昭和四六年一〇月一七日の更新の際契約期間満了後さらに更新するときは更新料として賃料一ヶ月分相当額の金員を支払うとの約定があったことは、当事者間に争いがなく、(二)成立に争のない甲第一号証及び弁論の全趣旨によると右甲第一号証は本件賃貸借が昭和四六年一〇月一七日更新されたさい、原被告間にとりかわされた賃貸借契約証書であるところ、その第三条の二項に「本契約期間満了の場合乙(借主)は一ヶ月分の賃料を更新料として甲(貸主)に支払うことにより更に本契約と同一条件にてこの契約を継続することができる。但し乙は期間満了三ヶ月前に甲に対して書面による更新の意思表示をしなければならない。」旨、またその第四条の二項に「本契約期間満了と同時に当事者が解約する場合には、甲は六ヶ月前に、乙は三ヶ月前に各々相手方に対し書面による解約の予告をしなければならない。」旨それぞれ規定されていることが認められ、以上の(一)、(二)の事実に通常の取引の実情、前示のように本件賃貸借には借家法の適用をうけるものであること、及び弁論の全趣旨をあわせ考えると、右更新のさい、原被告間に借主である被告において期間満了の場合一ヶ月分の賃料相当額の更新料を支払えば賃貸借を更新することができ、一方貸主である原告において、少くとも借家法所定の更新拒絶をせず、かつ期間満了のさい同法所定の異議を述べないとき(したがって法定更新されたとき)には被告に対して一ヶ月分の賃料相当額の更新料を請求しうることが合意されたと認めるのが相当である。

3  以上、1、2に判示したところに徴すると、本件更新料の性格は貸主である原告において更新拒絶をしない、もしくは異議を述べないことの対価とするのが相当であり、不相当な額の更新料でない限り、必ずしも賃借人に不利とはいえず、本件の場合、賃料の一ヶ月分であるから、本件更新料支払の約定をもって借家法六条により無効とすべき理由はない。

四  賃貸借契約の解除について

1  原告が被告に対し原告主張のような内容証明郵便をもって、原告主張のような催告及び停止条件付契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  前示のように原被告間に賃料値上げの合意の存在は認められず、また、被告が原告に対し昭和四八年一一月、一二月分の賃料として合計金六万六、〇〇〇円支払った事実は当事者間に争いがない。従って、賃料不払を理由とする解除の主張の理由のないこと明らかである。

3(一)  昭和四八年一二月二五日を経過しても更新料の支払いのない事実は、弁論の全趣旨により明らかであり、≪証拠省略≫によれば、更新料の支払期限は更新と同時であることが認められる。

(二)  更新料の不払と更新後の賃貸借契約との関係について

更新料は更新拒絶権もしくは異議権放棄の対価として形式的には更新後の賃貸借契約とは関連性がないかのごとくであるが、前示したところによると、もし更新料約定が存しなければ更新拒絶の通知のないことあるいは異議を述べないことに基づく更新契約の成立は必ずしも期待できないのであって、この意味で前示更新料の約定は、更新拒絶の通知がないこともしくは異議を述べないことに基づく更新後の賃貸借契約の成立基盤というべく、従って、更新料の不払いは更新後の賃貸借契約の解除原因となると解するのが相当である。

(三)  しかしながら、本件では、前示のように更新料の額は賃料の一ヶ月分にすぎず、遅滞した期間も僅か二ヶ月余りであり、前認定の二、2の(二)の事実、≪証拠省略≫によると、被告は原告に対し、昭和四八年一〇月分及び一一月分の賃料につきそれぞれ従前の額のまま、当該月の前月末ころ支払い、その間原告から被告に対し更新料の支払請求もなく、両者間に更新料の話は全く出なかったところ、同年一一月二七日になって原告から被告に対し賃料値上げとこれにあわせて更新料についての具体的な申入れがなされ、その交渉の途中、更新料の前提となる賃料額についての合意はもちろん、更新料についてのあらたな合意が成立しないまま、原告は右一一月二七日から僅か半月を経たにすぎない同年一二月一三日前記のような催告及び停止条件付契約解除の意思表示をするに及んだことが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない)、かかる事情のもとでは、いまだ原被告間の信頼関係が破壊されたとすることはできず、信義則からいっても原告に解除権は発生しないというべきである。

従って賃貸借契約解除の効果は生じないというべきである。

五  よって原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏原允)

〈以下省略〉

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